《増刊号》拙著「大正霊戦記」の小論文を大逆事件・研究誌「熊野誌」に書きました

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絞首刑にあった医師・大石誠之助らと共に軍閥天皇制下でひたすら「自由・平等・非戦」を訴え続けた男でした。

ということもあって、この9月に、地元・新宮市から発行された研究雑誌「熊野誌」の第54号・「大逆事件と大石誠之助」特集号(熊野地方史研究会・新宮市立図書館)に僕も6ページほど小文を寄稿させてもらいました。

≪牧師作家・沖野岩三郎は「警察のスパイ」か? 「魂の伝道作家」か?

改めて歌碑「頬白の歌をまねてみるかな」を解読する関根 進≫というタイトルで沖野が残した「歌碑」の謎に迫った小文で内容のさわりは以下です。

≪もう10年ほど前の話になるが、僕は病気保養のために南紀・和歌山の温泉の旅に出かけた。ガンを患った気持ちの弱さも手伝ったに違いない。そのとき、ふと稀有な運命を背負って冥土へ行ってしまった、わが祖父のルーツを辿ってみようという「気分になって、沖野岩三郎の生まれ故郷・日高川町寒川や、30代にして先駆的自由主義者、医師・大石誠之助らと血気盛んに「自由・平等・非戦」を論じ合い、“来るべき民主国家の実現”を夢見たという南紀・新宮の地に立ち寄ってみた。無論、その頃は療後の不調もあり、沖野の伝記を書き上げようとは本気では思ってもいなかった。

しかし、このときに、妙に気になる言葉にめぐり合ってしまった。

大逆事件の資料や事例に詳しい新宮市立図書館司書の山崎泰さんにお会いし、開口一番、次のような言葉を耳にしたからだ。「たしかに牧師・沖野岩三郎に“スパイ説”がありました。しかし、事件の救援活動家として、また弾圧下で真相を書き続けた秘密伝道師として再評価されるべき人です。沖野の小説は事件を知らずに読むと分かりにくいが資料価値の高さを読むべきだと思います」と。なるほど。大逆事件から逮捕をまぬかれた牧師作家・沖野岩三郎には、当時、しきりと「警察の犬=スパイ説」が流れたようだった。

ちなみに、牧師作家・沖野岩三郎の人物像については、よく、その才能を博覧強記と評する人がいるが、じつのところ、どうにも掴みがたい男のようでもあった。というのは、作家に転進したあとの沖野岩三郎の文壇評価も極端に分かれ、その毀誉褒貶ぶりは、多少、大学時代に近代文学を齧っていたのでおぼろげながら知っていた。たとえば評論家の小川武敏氏は「何時捕らえられるかわからな恐怖の種を持ちながら、数十年間事件の真相を語り続けた」稀有な作家と(日本文学研究叢書「大正の文学」の「沖野岩三郎論」)高評するが、一方で「説教臭い下手糞な作家」であるとか、社会運動家としては「沖野岩三郎どころか腰野弱三郎だ」と批判する者も多かった。文壇主流からは「一風変わった通俗作家」と片付けられていたに過ぎない。

「沖野・警察の犬」説に、僕の長年のジャーナリズムの血がチリチリと騒いだ。よし、エコ贔屓抜きで沖野を裸にしてみよう。さすれば,これまでは見えなかった日本の“近代心性史”の深奥にも迫れるはずだと・・・ちょっと気負ったことも確かだった。

「沖野はただの秘史の“語り部作家”ではない」「獄外の沖野は獄内の大石らとは違った意味で、いわれなき冤罪に泣き、赦しがたい言論弾圧に抗し続けた・・・計り知れぬ魂の闘いにまみれた魂の伝道作家ではなかったか?」 (以下略)≫

拙文はともあれ、この「熊野誌」の第54号・「大逆事件と大石誠之助」特集号は

内容も資料も豊富です。

巻頭には「大逆事件と熊野――大石誠之助の人柄に触れながら」と題する、芥川賞作家・辻原登さんと朝日新聞の早野透さんによる16ページの対談、さらに佐藤春夫記念館館長の辻本雄一さん、文芸評論家の高澤秀次さん、また事件関係者の遺族や関係者の方々20名の珠玉のエッセイがずらりと掲載されています。

ちなみに「熊野誌」は、大逆事件に限らず、南紀熊野地方の歴史や地誌の一級の資料を集めた研究誌ですが、南紀新宮が生んだ著名人、作家の特集号も何度か組まれています。

たとえば、第46号も「大逆事件特集号」、第12号は「文豪 佐藤春夫」特集号、第50号記念別冊は「特集 中上健次・現代小説の方法」・・・などです。

歴史や事件に興味のある方は、ぜひ読んでもらいたいと思いますが、「熊野誌」(定価1600円)の購読や問合せの電話番号は以下です。

0735-22-2284 熊野地方史研究会

さて、先述したとおり、あと1年半で「大逆事件100年記念」となりますが、もうひとつ、おすすめの作品があります。

「熊野誌」第54号にも登場されている辻原登さん(「村の名前」(文藝春秋)で第103回芥川賞を受賞)が、いま毎日新聞朝刊に「許されざる者」という連載小説を書いておられます。

これぞ、南紀新宮の生んだ自由主義者の医師・大石誠之助を主人公にした「大逆事件」の長編小説です。

新宮の町をイメージさせる架空の町・森宮(しんぐう)を舞台に、1910年の大逆事件で処刑された医師、大石誠之助をモチーフにした人物や、大石の甥・西村伊作を思わせる男女の人物が登場しています。

すでに読んでいる人もおられるでしょうが、昨年7月から始まり、1年半で終了予定だそうですから、大逆事件100年記念の冒頭には単行本として登場するでしょう。こちらも読んでみてください。

この先行きの見えない不安な時代にこそ、日本の歩んできた本当の姿を一人一人が再考すべき時だ――と、僕は考えています。